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アン・ヨンイル、朴寿根と人気争った天才画家の「水」連作
記事入力 2017-03-17 16:01 | 記事修正 2017-03-20 15:34:46


「朴寿根とアン・ヨンイル」。1960年代初頭、国内1号ギャラリーだった半島画廊を養った二人の人気画家だ。アメリカ人が故国に戻るとき、かならず作品を手にして行ったものだ。

韓国人の貧しさと哀歓を描いた朴寿根(1914~1965)はよく知られているが、アン・ヨンイル(83)という名前はあまり刻印されていない。それもそのはず、1958年にソウル大学美術部を卒業してすぐに専業作家となった彼は、1966年に「夢の国」だった米国に渡った。天才画家としての人気はたいへんなものだったが、韓国で画家として暮らすことは先が真っ暗だった。 「豊穣の国で材料の心配もなく、一度思い切り絵を描けたら」というのが彼の望みだった。

カリフォルニアの明るい太陽の下で盛んに成功街道を走っていた時代、不測の試練が訪れた。交通事故が原因で足が不自由になり、彼をめぐって米国の2つの画廊が法廷紛争を繰り広げた。自然に母国とも遠ざかった。

彼は31年ぶりに再び故国で個展を開く。 80をこえた年で挙動が不便な画家よりも、作品30点あまりがまずソウル市司諌洞の現代ギャラリーの壁にかかった。

1982年と1986年の2度の個展を開いた近代的なギャラリーで、なんと31年ぶりに開催される個展だ。

半世紀前に半島画廊でアン・ヨンイルと縁を結んだパク・ミョンヂャ現代ギャラリー会長は、「一見単色に見えるが、韓国にいたならば出てくることのない非常に明るい色」だとし、「いま国内外で熱く再照明されている」と紹介した。実際にアン・ヨンイルは現在、ロサンゼルス郡米術館(LACMA)で韓国人初の個展を開いている。

米術館でも紹介されている「水」の連作30点あまりがギャラリーの壁にかかった。

金煥基(キム・ファンギ)の全面点描画、彼と同時代の作家群のチョン・サンファ、パク・ソボなどの単色画と比較して見ることのできる良い機会だ。アン・ヨンイルがもし韓国に残っていれば、このように明るく鮮明な色が出てくることができただろうか。

アン・ヨンイルは「水」との運命的な出会いについてこう述べる。うつ病に陥って毎日一人で海釣りに通っていた1983年のある日だった。

「海は一つの巨大な生命として息づいていたし、波は波で瞬間ごとに幽玄な光の律動でゆれていたが、一度も同じ色と動きを繰り返さななかった。私は限りなく謙虚になって、ふるえる心で瞬間瞬間を新たに生まれている海の神秘的な姿を胸に深く刻み込んだ。その日から海は私の中に住んでいて、私は海の一部となった」。

海の水の色鮮やか光を盛り込んだ、歓喜に満ちたキャンバスはこのようにして誕生した。彼は筆ではなく、パレットナイフを用いて正方形の小さな点を繰り返し描く。海水のリズムとテンポ、そして瞬間瞬間に変化する色彩の変動を表現するために最も正確かつ適切だと感じている。海の水が瞬間ごとに異なりられるように、彼のキャンバスも多彩この上ない。

LACMAで彼の展示を企画したキュレーターのスティーブン・リトル主席は「彼の作品が強烈であると同時に成功的な理由は、古代東アジアの形而上学と同時代の作家の経験に根ざしているから」だとし、「道徳経」の句を引用した。

「最高の善は水のそれと同じだ。水の善は万物を利するという事実にある。その一方で、水そのものは争わず皆が嫌うところ留まる。したがって、水は道に非常に近いと言えるだろう」。

春の気配がひときわのいま、気持ちの良い「海」に会いに行こう。展示は4月16日まで。

[イ・ヒャンヒ記者]





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