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ソプラノのチョ・スミ「することが多く、歳をとるひまがない」
記事入力 2018-04-25 17:05 | 記事修正 2018-04-26 16:24:12

クラシック系は厳格だ。声楽家たちがわき見することを許さない。ひたすらオペラに忠実であることを要求する。ミュージカルナンバーや大衆歌謡を歌う瞬間、「技量が昔ほどではないから」だという批判が殺到したりする。

しかし彼女は例外だ。「外道」をたくさん行った。ソプラノ歌手チョ・スミ(56)のことだ。チョ・スミはソプラノとして全盛期を享受した2000年代の初めから、着実にクロスオーバー作業を行ってきた。ドラマ『明成皇后』OSTと『許浚』OSTはドラマと同じくらい人気を呼んだ。チョ・スミが歌った明成皇后OST『私が行ったら』は当時、CDのみで50万枚(非公式集計)売れた。 2002年ワールドカップの時に歌った応援歌『チャンピオン』は彼女の代表曲としてあげられる。 「声楽家というタイトルに閉じ込もるには私も惜しいと思います。オペラの舞台だけ見ながら、私は世界にひきずられる生はいやだった。私は主体となって挑戦しているので、失敗も成功の味もしっかり感じています」。

どこででも最高と呼ばれた時代、ふと自分が少数のクラシックマニアだけが聞く歌をうたっているという気がした。大学時代の友人の前で歌った「チョ・スギョン」(チョ・スミの本名)が懐かしかった。

「打ち明けると、ソウル音大の在学時もクラシックではなくポップスやジャズが好きな学生でした。勉強したくないときはピアノ弾きながら、当時流行していたビージーズやアース・ウィンド・アンド・ファイアーの曲を歌えば友達がサイコーだと喜んでくれました」。

チョ・スミは2000年に発売したミュージカルナンバーを歌った「オンリーラブ(Only Love)」を、生活の中で最もよくできた挑戦だとして選んだ。当時、コンビニでもこのアルバムを売った。文字通り飛ぶように売れた。 100万枚以上も売れた、クラシック界では珍しいミリオンセラーだ。

「私は自分自身に最もよくやったと、なでてあげたい。当時の雰囲気では、声楽家がミュージカルアルバムを出すというのは大きな勇気が必要なことでした。このアルバムのおかげで私の中のクラシックな部分だけでなく、ポピュラー(popular)な部分に目覚めたようです。美しい挑戦(beautiful challenge)、それが私の人生のモットーです」。

去る23日のインタビュー当時、チョ・スミはイタリアに滞在していた。声がいっそう舞い上がっていたが、彼女自身が出演したソレンティーノ監督の映画『Loro』の試写会を控えていたからだ。

「完全極秘です。私もまだ見ていない。25日に封切りなのに、どのように出るのか期待してます」。ソレンティーノ監督とはすでに第二の作業だ。 2016年には引退した名指揮者の生活を描いた映画『グランドフィナーレ』で「スミ・ジョー」という有名な声楽家として出演し、エンディング曲『シンプルソング(simple song)』を歌った。

「声楽家ではなかったなら、美貌じゃないので芸能人にはなれなかっただろうし、コメディアン程度はしていたでしょうか?」。彼女の天性の才能は、たぶん歌よりも人をひきつける「素質」だろうか。不慣れな声楽の唱法を難しがる大衆も、彼女が明るい笑顔で歌う歌には耳を傾ける。

「幼い頃から人を笑わせるのが好きでした。堅苦しいクラシックの会場でも、最後のアンコールの時は自分の性格をもてあますんですよ」。チョ・スミはあるオペラ劇場で『ラデツキー行進曲』を歌いながらマルチュムを踊って話題になった。

5月31日には世宗文化会館40周年を記念して、ロベルト・アラーニャとデュエットで舞台を繰り広げる。チョ・スミとロベルト・アラーニャの縁は、英国コベントガーデンに始まった。チョ・スミとアラーニャそして彼の元妻であるアンジェラ・ゲオルギューは、1992年にコベントガーデンのステージでデビューして親交を重ねた。

汁をまた暖めて食べるのは苦手というチョ・スミは、いつも異色の新しい料理を添えたプログラムで故国のファンを訪れる。

「韓国のファンのために、またあきれる挑戦をしました。国内で『マノン・レスコー(Manon Lescaut)』はプッチーニとマスネの作品として親しまれていますが、こんかい私はオーベール・バージョンを歌います。外国でもあまり歌わない高難度の曲です。珍しい曲だけに、韓国の観客たちに必ず紹介したいです」。

今年で音楽人生32年の彼女に、「歳とどのように和解しているのか」と尋ねた。

「歳ですか?全く感じることなく生きてます。忙しすぎて、そんな心配する暇がありません。活動領域を広げるみると、体はいくつあっても足りない。しまいには人々がスーパー・スミですって」。

今回の公演に先立ち、彼女は来月25日にソウル市の陽川近隣公園をまず訪問する。健常児と障害児が一緒に遊ぶことのできる遊び場のオープンイベントに出席するためだ。彼女は障害のある子供たちの遊び場を作るために、国内初の車椅子のブランコを導入した主人公だ。 「カラ」という動物市民団体の名誉理事としても活動している。

「人々はわたしの歌が上手なことはもうみんな知っているじゃないですか?これからは私の歌で社会を美しくしたい。スーパー・スミを求める人は、声楽家チョ・スミを求める人ほどに多いです」。

[キム・ヨンジュ記者]



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每日經濟新聞日本語版は専門翻訳会社O2CNIで代行しています。原文と翻訳の間に多少の違いがあり得ます。

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